第3章: トランジスタという発明 — MOSFETは電子のスイッチ
1947年12月23日、ベル研究所。 ウィリアム・ショックレー、ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテンが、 ゲルマニウムの結晶に金箔を貼り付けた装置のスイッチを入れた。
スピーカーから、増幅された人間の声が流れた。
「これは … いける」
20 世紀後半のすべての発明は、この日から始まった。
3.1 真空管の時代 — 部屋ひとつ分のコンピュータ
トランジスタ以前の話を、少しだけ。
1940 年代までの電子機器は、真空管 (vacuum tube) で動いていた。 電球くらいの大きさのガラス管に、フィラメント・電極を封入した素子だ。電流を増幅したり、スイッチしたりできた。
問題は、でかい・熱い・壊れやすい・電気を食うこと。
世界初の汎用電子計算機 ENIAC(1946) は、約 17,000 本の真空管を使い、重さ 30 トン、消費電力 150kW、体育館を埋めた。 平均 2 日に 1 本のペースで真空管が切れて止まった。 これが「コンピュータ」の出発点である。
このまま行くと、コンピュータは絶対に普及しない。
誰の目にも明らかだった。
真空管に代わる 小さくて壊れない「電子のスイッチ」 が、世界中から求められていた。
3.2 トランジスタの誕生 — ベル研の3人
ベル研究所(AT&T の研究機関)は、戦後すぐ「真空管に代わるもの」を研究テーマに据えた。 チームを率いたのが理論家 ウィリアム・ショックレー。実験を担当したのが ジョン・バーディーン と ウォルター・ブラッテン。
1947 年 12 月、3 人はゲルマニウムの結晶に 2 本の金線の先端を非常に近づけ、もう一方をベース電極にした装置を作った。これに信号を入れると ── 電流が増幅された。
世界初の 点接触型トランジスタ の誕生である。 “trans-resistor”(伝達抵抗)から トランジスタ という名前が付いた。
3 人は 1956 年にノーベル物理学賞 を受賞。 ただし、ショックレーと残り 2 人の関係は最悪で、彼はベル研を去ってカリフォルニアに ショックレー半導体研究所 を作る。
そこから、ショックレーの下を飛び出した 8 人 ── 通称 「裏切り者の 8 人 (Traitorous Eight)」 が フェアチャイルドセミコンダクター を作り、
さらにそこから インテル、AMD、ナショナル セミコンダクター が枝分かれする。
シリコンバレーという地名は、ここから始まった。
3.3 バイポーラトランジスタ — 最初の主役
ショックレーらの最初のトランジスタは、後に バイポーラ接合トランジスタ (BJT) と呼ばれるタイプに発展した。
構造はシンプルだ。n 型と p 型を npn または pnp の 3 層サンドイッチにする。
| 端子 | 役割 |
|---|---|
| エミッタ (Emitter) | キャリアを放出する側 |
| ベース (Base) | 真ん中の薄い層。ここに少しの電流を流すと… |
| コレクタ (Collector) | エミッタからの大きな電流を受け取る |
ベースに微弱な電流を流すと、コレクタに大電流が流れる。 つまり「小さな入力で大きな出力を制御する」── これが増幅だ。
1960〜70 年代のラジオ、テレビ、初期のコンピュータは、ほぼ BJT で動いていた。 ただし、BJT には弱点があった ── 常にベース電流を流し続ける必要があり、電気を食う。 集積化が進み、何百万個ものトランジスタを並べたい時代になると、これは致命的だった。
3.4 MOSFET — 現代の絶対王者
そこで主役を奪ったのが、MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor) ── 金属-酸化膜-半導体 電界効果トランジスタ。
長い名前だが、構造を一度見ればすぐ覚えられる。
3 つの端子 ── ソース (S)、ドレイン (D)、ゲート (G)。 そして p 型基板の上に薄い 酸化膜 (SiO₂) を挟んで、その上に ゲート電極 を載せる。
ゲートは酸化膜で絶縁されているため、電流は流れない。電圧だけが効く。
3.5 ゲートに電圧をかけると道ができる
n チャネル MOSFET の動作を、比喩で説明する。
- ゲート電圧 = 0V のとき : ソースとドレインの間には何もない。電流は流れない(= OFF)
- ゲートに正の電圧をかける : 酸化膜越しに、その下のシリコン表面が「電子を呼び寄せる」。表面に電子の細い帯ができる ── これが チャネル (channel)
- チャネルができるとソースとドレインがつながる: 電子が一気に流れる(= ON)
MOSFET は 「ゲート電圧で道を作ったり消したりするスイッチ」 である。
- ゲートに電圧をかけない → 道がない → OFF
- ゲートに電圧をかける → 道ができる → ON
電流ではなく 電圧で制御 するため、ゲートには電気が流れない(理想的には)。
だから 待機中はほとんど電気を食わない。これが BJT との決定的な違いである。
3.6 ダムのゲートに例えると
別の比喩で言い直そう。MOSFET の動作はダムにそっくりだ。
- ソース = 上流の水源(電子が溜まっている)
- ドレイン = 下流(電子を流したい先)
- ゲート = 水門(電圧で開閉する)
- チャネル = 水門を上げたとき水が通る溝
水門を開けば水が流れ、閉じれば流れない。 重要なのは、水門の開閉そのものはほとんどエネルギーを使わないことだ。
私は MOSFET を最初に学んだとき、「電流で制御するのが当たり前」と思っていたから、「電圧だけで制御できる」のがピンとこなかった。 ゲートには電気が流れない、けれど電圧で道ができる ── ここが MOSFET の真の発明である。
3.7 n チャネルと p チャネル
MOSFET には対になる 2 種類がある。
| 種類 | 基板 | 多数キャリア | ON条件 |
|---|---|---|---|
| n チャネル MOSFET (nMOS) | p 型 | 電子 | ゲートに正の電圧 |
| p チャネル MOSFET (pMOS) | n 型 | ホール | ゲートに負の電圧 |
n と p、ペアで存在することがポイントだ。 次章で見るとおり、この n と p をペアで使う という発想こそが、現代 CMOS の心臓になる。
3.8 サイズの話 ── 1個のMOSFETはどれくらい小さいか
ニュースで「2nm プロセス」「3nm プロセス」と聞く。 ここで言う「nm」は、MOSFET の特定の寸法(昔はゲート長、今はマーケティング名)を指す。
直近の量産プロセス(2024〜25 年時点の TSMC)では、1 個のトランジスタを構成する要素はおおよそ:
- ゲート長:十数 nm
- フィン幅:数 nm
- 配線の最小ピッチ:数十 nm
「2nm」というのは、文字どおりの 2 ナノメートルの構造があるという意味ではなく、プロセス世代の名前である。詳しくは第 11 章で扱う。
イメージとして覚えておくと良い数字は:
- DNA の幅 ≒ 2 nm
- シリコン原子の直径 ≒ 0.2 nm
- 可視光の波長 ≒ 400-700 nm
つまり、現代の MOSFET は 可視光の波長より遥かに小さい構造 を、原子十数個分の厚みで作っている。
3.9 MOSFET 1 個だけでは何もできない、しかし …
1 個の MOSFET は、ただのスイッチに過ぎない。 家のスイッチが 1 個あっても部屋しか照らせないように。
ところが、これを 何億個も並べて配線する と、突然「計算する機械」になる。 それが集積回路 (IC) であり、次章のテーマである。
スマホの SoC には、約 200 億〜500 億個の MOSFET が入っている。 あなたが朝起きてスマホでニュースを見るとき、そのチップの中では数百億個の MOSFET が、毎秒数十億回ずつ ON/OFF を繰り返している。
半導体産業の歴史は、究極的にはひとつの問いの答えである ──
「どうやってこの MOSFET を、もっと小さく、もっと多く、もっと正確に並べるか?」
製造編(第10〜12章)で見るのは、まさにこの問いへの 80 年分の回答である。
3.10 この章の振り返り
- 1947 年、ベル研の 3 人がゲルマニウムでトランジスタを発明 → ノーベル賞 → シリコンバレーの起源
- 最初の主役は バイポーラトランジスタ (BJT) ── 電流で増幅、ただし電気を食う
- 現代の主役は MOSFET ── ゲート電圧でチャネル(電子の道)を作ったり消したりするスイッチ
- MOSFET は電圧で制御するため、待機時の消費電力が非常に小さい
- n チャネル MOSFET と p チャネル MOSFET のペアが次章の CMOS につながる
この章で読めるようになるニュース
- 「FinFET から GAA(Gate-All-Around) トランジスタへの移行が…」 → MOSFET のゲートの形が変わる話。次世代でゲートがチャネルをぐるっと囲む構造になる、と分かる
- 「スマホ SoC のトランジスタ密度 が前世代比で…」 → 1 mm² あたり何個 MOSFET を詰められたかの競争、と読める
- 「インテルがバックサイド電源配線を導入し…」 → MOSFET の表側だけでなく裏側からも配線する新技術、と位置づけられる
次章では、MOSFET を n と p のペアで使う 発明 ── CMOS に進む。 そして、それを 何十億個も並べる 集積回路の世界へと足を踏み入れる。