第2章: 不純物を混ぜると何が起きるか — n型・p型とpn接合
イレブンナイン(99.999999999%)まで純化した、世界一きれいなシリコン結晶。 そこに、1 億分の 1 から 1 万分の 1 という、ごく微量の別の元素を混ぜる。
たった「ひとつまみ」で、シリコンは別人になる。
電子が余って高速の運び屋になり、あるいは「電子の穴」が走り回る奇妙な世界になる。
半導体産業のすべては、この「ひとつまみ」の上に立っている。
2.1 純粋なシリコンは、ただの石ころ
前章で見たとおり、シリコンはバンドギャップ約 1.1 eV の半導体だ。 ただし純粋なままだと、室温では電子がほとんど伝導帯に上がれず、電気をろくに通さない。
ところが、ここに意図的に別の元素を混ぜると、世界が変わる。 これを ドーピング (doping) と呼ぶ。「不純物添加」と訳すと薬物っぽくなるので、ここではそのままドーピングと呼ぶ。
ドーピングシリコン結晶の中に、ごく微量(典型的には 10^15〜10^18 個/cm³、つまり原子 1 億〜1 万個に 1 個)の別元素をわざと混ぜ込むこと。
2.2 周期表のひとつ隣を混ぜる
シリコン(Si)は周期表の 14 族にいる。最外殻に 4 個の電子(価電子)を持つ。
ここで、周期表でシリコンの 両隣 にいる元素を見てみよう。
| 族 | 元素 | 価電子の数 |
|---|---|---|
| 13族 | ホウ素 B、ガリウム Ga | 3個 |
| 14族 | シリコン Si | 4個 |
| 15族 | リン P、ヒ素 As | 5個 |
シリコンの結晶は、各原子が 4 本の手 (4個の価電子)を伸ばして隣の原子と握手している。
そこに価電子 5 個 の元素(リンやヒ素)を 1 個放り込むと ── 4 本は握手に使えるが、1 個余る。 逆に価電子 3 個 の元素(ホウ素やガリウム)を放り込むと ── 3 本しか握手できず、1 本足りない(穴ができる)。
これが n 型と p 型の起源だ。
2.3 n型半導体 — 電子が余る世界
価電子 5 個の元素(リン P など)を混ぜると、結晶内に 行き場のない電子 がたくさん生まれる。 この余った電子が伝導帯に上がり、自由に動き回って電気を運ぶ。
n は negative(負) の n。電子そのものが多数派になるから。
n 型半導体 : 電子(マイナス電荷の運び手)が余っている半導体。 余った電子は、ちょっとした電圧で動き出す。
2.4 p型半導体 — 電子が足りない世界(ホール)
逆に、価電子 3 個の元素(ホウ素 B など)を混ぜると、握手の手が 1 本足りない場所 ができる。 これを ホール (正孔) と呼ぶ。
おもしろいのは、ホールが 「電子が抜けた穴」 として、まるで正の電荷を持った粒子のように振る舞うことだ。
電子が左へ動いたら、穴は右へ動いたように見える。
混雑した電車で誰かが詰めて空席が逆方向に移動するのと同じ ── ホールは”空席の移動”そのもの。
物理的には電子が動いているだけだが、ホールという仮想粒子で考えた方が圧倒的に簡単になる。 これが半導体物理の最初のマジックだ。
p は positive(正) の p。ホール(正の見かけ電荷)が多数派になるから。
| 種類 | 多数派キャリア | 添加する元素 |
|---|---|---|
| n型 | 電子(−) | リン、ヒ素(価電子5個) |
| p型 | ホール(+) | ホウ素、ガリウム(価電子3個) |
ここまでで、半導体には 2 つの性格 を作り分けられることが分かった。 重要なのは次のステップ ── n 型と p 型を貼り合わせる とどうなるか。
2.5 pn接合 — 境界線で起きる奇妙な現象
n 型のシリコンと p 型のシリコンを、同じ結晶の中で隣り合わせに作る。 できた境界を pn 接合 (pn junction) と呼ぶ。
境界線で何が起きるか、想像してみよう。
- n 側には電子が余っている
- p 側にはホール(電子の穴)が余っている
最初、両者は境界をまたいで拡散する。電子は p 側へ流れ込み、ホールは n 側へ流れ込む。流れ込んだ電子と穴は出会って消える(再結合)。
その結果、境界付近には電子もホールもいない 空乏層 (depletion region) ができる。 そしてここには、動けないイオン(リンが電子を 1 個失った正イオン、ホウ素が電子を 1 個受け取った負イオン)だけが残る ── つまり境界に 内蔵電界 が立つ。
この 内蔵電界の壁 こそが、半導体の魔法の源だ。 壁の向きが、電気の流れに対して「歓迎」と「拒否」を区別する。
2.6 一方通行になる理由 — 順方向と逆方向
pn 接合に外から電圧をかけてみよう。
順方向: p 側に+、n 側に −
内蔵電界を打ち消す方向。空乏層が薄くなり、電子とホールが押し合って流れる → 電流が流れる
逆方向: p 側に−、n 側に+
内蔵電界を強める方向。空乏層が広がり、キャリアは遠ざかる → 電流が流れない
pn 接合は 「片方向にだけ電流を通す」 デバイス ── それが ダイオード (diode) だ。
たった 2 種類の不純物を貼り合わせるだけで、「一方通行の電気の門」ができる。 これが半導体デバイスの最初の偉業である。
2.7 整流・LED・太陽電池 — pn接合の応用
pn 接合を使うと、信じられないほど多くのことができる。
| デバイス | 使い方 |
|---|---|
| 整流ダイオード | 交流を直流に変換する(電源アダプタの中身) |
| 発光ダイオード(LED) | 電流を流すと光を出す。pn 接合で電子とホールが再結合するとき光子が出る |
| 太陽電池(光起電力素子) | 逆に光を当てると電流が出る。LED の逆動作 |
| 半導体レーザー | LED の発光を結晶内で増幅。光ファイバ通信や Blu-ray の心臓部 |
| フォトダイオード | 光を電気信号に変える。イメージセンサーや光通信の受信側 |
光と電気の相互変換 はほぼ pn 接合の仕事だ。スマホのカメラも、太陽光発電も、光通信も、全部この章の原理で動いている。
半導体の本がたいてい「ダイオードから始める」のは、pn 接合が他の全デバイスの親だからだ。 次章のトランジスタも、見方を変えれば「pn 接合を2つくっつけたもの」と言える。
2.8 ドーピングは「ナノレベルの仕込み」
最後に、産業的な側面を一つだけ。
ドーピングは、現代の製造プロセスでは イオン注入 (ion implantation) という工程で行う。リン原子やホウ素原子を高エネルギーで加速し、シリコンウェハーに「打ち込む」のだ。
- 注入する不純物の 種類(リンか、ホウ素か)でn型/p型を決める
- 注入する 量 で電気的性質を細かく調整する
- 注入する 深さ をエネルギーで制御する
つまり、現代の半導体工場では「どこに、何を、どれだけ、どの深さに打ち込むか」を nm 単位で設計している。 製造編(第10章)でもう一度この工程に戻ってくる。
2.9 この章の振り返り
- 純粋なシリコンに 不純物をひとつまみ 混ぜることで、性格が変わる ── これがドーピング
- 価電子 5 個の元素 → n 型(電子が多い)
- 価電子 3 個の元素 → p 型(ホールが多い)
- n 型と p 型を貼り合わせると、境界に 内蔵電界の壁 ができる ── これが pn 接合
- pn 接合は 一方通行の門 = ダイオード
- LED、太陽電池、半導体レーザーも、全部 pn 接合の応用
この章で読めるようになるニュース
- 「整流ダイオードの供給逼迫、家電メーカーが代替品を探す」 → ダイオードは pn 接合で交流を直流に変える素子、と分かる
- 「日本の LED 産業が…」 → LED も pn 接合で電子とホールが再結合するときの発光を使っている
- 「イオン注入装置メーカーの売上が…」 → ドーピング工程で使う装置。半導体製造の必須工程
ここまでで「電気の門」までは作れた。
次章は、いよいよ世界を変えた発明 ── トランジスタ に踏み込む。