Chapter 13

第13章: 水平分業の地図 — ファブレス・ファウンドリー・IDM・OSAT

1987 年、台湾。
56 歳になっていた 張忠謀 (モリス・チャン) が、政府の要請でひとつの会社を立ち上げた。
名前は 「台湾積体電路製造 (TSMC)」

「自社製品を持たず、他社の設計だけを作る工場
当時誰も信じなかったこのモデルが、30 年後に世界を握る。

NVIDIA も Apple も AMD も Qualcomm も ── 設計図を TSMC に渡せば、最先端の半導体が出来上がる時代。
本章では、この 水平分業 の地図を一気に描く。

13.1 かつての半導体 ── 垂直統合のIDM

1980 年代までの半導体企業は、ほぼすべて IDM (Integrated Device Manufacturer) だった。

IDM とは、

全部自社で行う企業のこと。

代表例:

IDM当時の主力製品
IntelCPU
AMD(旧)CPU、ロジック
Texas Instruments各種
Motorola各種
NECDRAM、ロジック
東芝DRAM、NAND
日立DRAM、ロジック
三菱電機各種
Philips(旧)各種
Siemens各種

垂直統合が当然だった理由はシンプル:自分の工場でしか、自分のチップは作れなかったから。 製造装置・材料・プロセス技術が、各社で独自仕様だった時代だ。

13.2 ファブレスの登場 ── 設計だけに集中する

1980 年代後半、新しいタイプの企業が現れる。 「工場を持たず、設計だけする半導体企業」── これが ファブレス (Fabless) だ。

最初期のファブレスは:

設計だけに集中することで、製造設備への巨額投資を回避でき、革新的なチップ設計を高速に出せた。 これが意味を持つには、工場を貸してくれる相手 (ファウンドリー) が必要だった。

13.3 ファウンドリー ── 製造だけに集中する

ファブレスを成立させた相方が、ファウンドリー (Foundry) だ。

「自社設計の製品を持たず、他社の設計を製造する」専業企業。 これを世界で初めて純粋型として成立させたのが、1987 年創業の TSMC (Taiwan Semiconductor Manufacturing Company) だった。

TSMC 創業者 モリス・チャン の経歴がそのまま業界史になっている。
TI で 25 年、ジェネラル・インスツルメンツの副社長を経て、56 歳で台湾政府の招きに応じて TSMC を創業。
「設計と製造を分業すれば、設計だけする会社が次々生まれ、製造が需要を吸収できる」 という洞察は、当時誰も信じなかった。

ファウンドリー業界の現在(2024 年、ロジック半導体ファウンドリー市場シェア):

会社本社シェア
TSMC台湾約 62%
Samsung Foundry約 11%
SMIC中国約 6%
UMC台湾約 5%
GlobalFoundries約 5%
その他約 11%

最先端ロジック(5nm 以下)に限ると TSMC のシェアは 90% 超。 Samsung が一部、Intel Foundry が新規参入を狙う、というのが現状。

13.4 OSAT ── 後工程だけに特化する

ファウンドリーで作られたウェハーは、OSAT (Outsourced Semiconductor Assembly & Test) と呼ばれる後工程専業企業に渡される。

主要 OSAT:

会社本社
ASE Technology台湾
Amkor Technology米国
JCET中国
Powertech (PTI)台湾
Tongfu Microelectronics中国

ただし、AI GPU 向け先端パッケージング (CoWoS など) は TSMC が直接やる場合が多く、OSAT の領域は伝統的なパッケージングと、汎用品の組立・テストに集中している。

13.5 ファブレス・ファウンドリー・IDM・OSAT ── 一枚の地図

ここまで出てきた業界モデルを 1 枚にまとめる。

ファブレス設計だけNVIDIA, AMD, Apple,Qualcomm, MediaTekファウンドリー前工程だけTSMC, Samsung Foundry,GlobalFoundries, SMICOSAT後工程だけASE, Amkor, JCET,PowertechIDM(垂直統合:設計+製造+後工程)Intel, Samsung(メモリ部門), SK hynix, Micron, Kioxia,Texas Instruments, Infineon, ST, Renesas, Sony Semi最先端ロジックでは IDM は Intel と Samsung のみ残存メモリ・アナログ・パワー領域では IDM が依然主流設計委託後工程委託
図 13.1 — 半導体産業の水平分業構造。ファブレス → ファウンドリー → OSAT という流れと、それを内製する IDM。

ニュースで企業名を聞いたら、まずこの地図のどこに置くかを判定すると、話が見通せる。

13.6 なぜTSMCが世界を握ったのか — モリス・チャンの賭け

TSMC がここまで強い理由は、ひとつの単純な事実に集約される:

TSMC は 「設計者の最大の友」 であることに 30 年間徹底した。

  • 顧客の設計と競合する自社製品を持たない
  • 最先端プロセスを最も早く提供する
  • 顧客機密を絶対に漏らさない
  • 顧客に合わせて柔軟にプロセスをカスタマイズする (Apple 専用ノードなど)

これにより、世界中のファブレスが TSMC に依存し、依存が依存を呼ぶ正のフィードバックが回った。

そして決定的だったのが、最先端プロセス開発に毎年 400 億ドル以上の設備投資 を続けてきたこと。 これに追いつけるのは、世界で Samsung と Intel くらいしかいない。

TSMC は単なる「製造会社」ではなく、最先端プロセスの研究開発機関 でもある。 ASML、TEL、AMAT、Lam、KLA、Synopsys、Cadence などのエコシステム企業と TSMC が二人三脚で技術を進めている。

13.7 NVIDIA、Apple、Qualcomm ── ファブレスの巨人たち

現在のファブレス上位は、すべて時価総額世界トップクラスの企業:

会社2024 年売上規模強み
NVIDIA約 800 億ドル超AI GPU 独占
Broadcom約 500 億ドルネットワーク、AI ASIC
AMD約 230 億ドルCPU + GPU + AI
Qualcomm約 360 億ドルスマホモデム、RF
Apple(自社使用)A/M シリーズ SoC
MediaTek約 160 億ドルスマホ SoC

Apple は 自社用にしか売らない 異色のファブレス。それでも年間出荷量は世界最大級。

13.8 IntelとSamsung ── IDMの行方

Intel は最後に残ったロジック半導体 IDM だった。だが 2010 年代以降、製造プロセス開発でつまずき、TSMC に 3 〜 4 世代 の差をつけられた。

そこで Intel は 「IDM 2.0」 と呼ぶ転換戦略を発表(2021 年):

  1. 自社製品 (Intel 18A、14A) は引き続き自社製造を強化
  2. Intel Foundry として外部顧客にも製造を提供
  3. 一部の自社チップは TSMC に外注 する(ハイブリッド戦略)
  4. EUV / High-NA EUV に積極投資

つまり Intel は IDM のまま、自社ファウンドリーも兼務する 戦略に変えた。 2024 年に Intel Foundry を子会社化し、外部顧客の獲得を急いでいる。

Samsungメモリ部門(IDM)+ ファウンドリ部門 の二刀流。 Galaxy 用 Exynos SoC も自社設計・自社製造の IDM 型。

業界の本音: Intel Foundry が立ち上がるかは、まだ誰にも分からない
顧客信頼の蓄積には数十年かかる。Apple や NVIDIA が Intel に発注する日は来るのか。

13.9 中国 SMIC、AI ファブレス、新規参入

最後に新しい動き:

SMIC (Semiconductor Manufacturing International Corporation): 中国最大のファウンドリー。 米国の制裁で EUV を入手できないが、ArF 液浸 + マルチパターニングで 7nm 級を量産していると言われる。 Huawei Mate 60 シリーズに搭載された Kirin 9000S が SMIC 製と判明し、業界に衝撃が走った(2023 年)。

AI ファブレスの台頭: Cerebras、Groq、SambaNova、Tenstorrent、Etched、d-Matrix など、AI 専用ファブレスが急増。 全員 TSMC または Samsung Foundry を頼る構造になっている。

ラピダス (Rapidus): 後の第 15 章で詳述。日本の「IDM ではない、最先端ロジック専業ファウンドリー」として 2022 年設立。

13.10 この章の振り返り

この章で読めるようになるニュース

次章は、装置と材料 の世界。 ASML、TEL、Applied Materials、信越化学、SUMCO ── 「チップを作る道具を作る企業」の物語。 そしてここで、日本の半導体産業の本当の強みが見えてくる。