Chapter 2

第2章: 電気の一方通行をつくる — ダイオードと pn 接合

スマホを充電するときに使う、四角い USB アダプタ。 あれが何をしているか考えたことはあるだろうか。

家のコンセントから来るのは 交流 ── 電気が 1 秒間に 50 回または 60 回、行ったり来たりしている。 ところがスマホのバッテリーは、片方向に流れる 直流 でしか充電できない。

その間に挟まっている、「電気を一方通行に整える」小さな部品 ── それが本章の主役、ダイオード である。

2.1 「電気の一方通行」がほしい

ダイオードは、半導体産業の歴史で最初に作られた実用デバイスだ。 そしていま、私たちの身の回りで一番多く使われている半導体素子でもある。

何をしているかというと、電気が流れる向きを片方向に制限する ──ただそれだけ。 これを「整流 (rectification)」と呼ぶ。

なんでもないように聞こえるが、もし整流ができなければ、

ぜんぶ止まる。 だから「電気を一方通行にする」というシンプルな仕事は、現代文明の前提条件になっている。

第1章で「半導体は電子の流れを操る素材」と書いた。 「操る」の一番シンプルな形が「一方通行にする」 ── ダイオードはその答えだ。

2.2 シリコンに”小さな仕込み”をする

ではどうやって、シリコンで一方通行を作るのか。

第1章で見たとおり、純粋なシリコンはほぼ電気を通さない ──ただの石ころだ。 ところが、ここに ごく微量の別の元素を「ひとつまみ」混ぜる と、世界が変わる。

この「ひとつまみ」のことを、半導体業界では ドーピング (doping) と呼ぶ。 スポーツの薬物のドーピングと同じ単語だが、ここでは「意図的に不純物を混ぜる」という意味。 混ぜる量はわずか 1 億分の 1 から 1 万分の 1。それでもシリコンの性格は劇的に変わる。

ドーピング

シリコン結晶に、ごく微量(典型的には 10^15〜10^18 個/cm³、つまり原子 1 億〜1 万個に 1 個)の別元素をわざと混ぜ込むこと。

2.3 二種類の仕込み ── 「電子が多い側」と「足りない側」

このドーピングには、二種類のレシピ がある。 何を混ぜるかで、シリコンが正反対の性格になる。

レシピ 1 ── 電子が余るようにする

シリコンに リン (P)ヒ素 (As) をひとつまみ混ぜる。 すると、結晶内に 行き場のない電子 が大量に生まれる。混ぜる前のシリコンより、電子が多い世界になる。 業界ではこれを n 型半導体 と呼ぶ ── n は negative(負電荷の電子) の n と覚えておけば十分だ。

レシピ 2 ── 電子が足りなくなるようにする

シリコンに ホウ素 (B)ガリウム (Ga) をひとつまみ混ぜる。 すると、今度は逆に「電子が抜けた穴」が大量にできる。 これを p 型半導体 と呼ぶ ── p は positive の p。「穴」は電子が抜けた跡なので、見かけ上プラスの電荷を持っているように振る舞うからだ。

ここまでで覚えてほしいのは、たった一つだけ:

  • n 型 = 電子が余っている側
  • p 型 = 電子が足りない側(穴がある)

「n 型」「p 型」という呼び名は業界の符牒のようなもの。
身構えなくていい、「電子が多い側」「足りない側」の名札 だと思えばよい。

ホールって何?

「電子が抜けた穴」は、半導体物理では ホール (正孔) と呼ばれる。 おもしろいのは、ホールが「正の電荷を持った粒子」のように振る舞うこと。混雑した電車で誰かが詰めて空席が逆方向に移動するのと同じ ── 電子の動きを「穴の移動」として扱うほうが、ずっと簡単に計算できる。

物理的には電子が動いているだけだが、本書では「ホール = 電子が足りない側のキャリア」とだけ覚えておけば十分。

2.4 二つの仕込みを並べると ── 一方通行が現れる

ここからが本章のクライマックスだ。 「電子が多い側 (n 型)」と「電子が足りない側 (p 型)」を、同じシリコン結晶の中で隣り合わせに作る。 できた境界を pn 接合 (pn junction) と呼ぶ。

何が起きるか、想像してみよう。

境界線の左に「電子が余っている部屋」、右に「電子が足りない部屋」があると考える。 仕切りを開けたら、当然、電子は左から右に流れ込む。穴も右から左に動く。電子と穴が出会うと、互いに打ち消し合う(再結合 という)。

ここで重要なのは、流れ込んだあとに何が残るか。

つまり境界線の周りに、動けないイオンの層ができる ── 左が「+」、右が「−」。 これは小さな 電池 と同じ構造で、境界に 見えない電界の壁 が立ち上がる。

p 型(電子が足りない側)電界の壁n 型(電子が余っている側)残ったマイナス残ったプラス電子・穴が境界へ拡散→ 出会って消える境界に「見えない電界の壁」が立つ → これがダイオードの正体
図 2.1 — pn 接合の境界では、電子と穴が出会って消え、動けないイオンだけが残る。これが電界の壁になる。

「電界の壁」と言われても、文系読者にはまだピンと来ないかもしれない。 でもこの壁の 「向き」 こそが、次の節で「一方通行」を生む正体だ。

半導体の教科書ではこの部分を 空乏層 (depletion region) と呼ぶ。 試験や論文で使う用語だが、本書では「動けないイオンだけの層」と思って読み進めれば十分。

2.5 外から電圧をかけて確かめる ── これがダイオード

では、この pn 接合に外から電圧をかけてみよう。やり方は 2 通り。

やり方 A ── p 側にプラス、n 側にマイナスをつなぐ

電池のプラスは「穴を押し出す」、マイナスは「電子を押し出す」。 すると、p 側の穴と n 側の電子が両方とも 境界へ向かって押し込まれる ── ちょうど壁を消す向きだ。 壁が消えると、電子と穴は次々と境界で出会って消えるが、後ろから電池がさらに押し続けるので 電流が流れ続ける。 これを 順方向 と呼ぶ。

やり方 B ── p 側にマイナス、n 側にプラスをつなぐ

今度は逆。電子と穴は境界から 遠ざかる。 壁はますます広がって、誰も境界を渡れない ── 電流は流れない。 これを 逆方向 と呼ぶ。

pn 接合 = 一方通行の電気の門

  • 順方向(p に+)→ 電流が流れる
  • 逆方向(p に −)→ 電流が流れない

これに 2 本の端子を付けて部品にしたものが、ダイオード (diode) だ。
半導体産業が最初に世に出した、整流の道具である。

ダイオードは、家電のあらゆる電源回路、電子機器の保護回路、太陽電池、LED ── ありとあらゆる場所で使われている。 全世界で年間に出荷されるダイオードの個数は、数千億個 と推定される。

2.6 同じ構造で、光るし、光を電気にする

ここまで来ると、おまけのご褒美がある。 同じ pn 接合の構造で、整流以外のことも自動的にできる

LED(発光ダイオード): 順方向に電流を流すと、境界で電子と穴が再結合する。このときエネルギーが余る ── その余りエネルギーが として外に出る。半導体の種類で出る光の色が決まる。

太陽電池(光起電力素子): LED の逆動作。pn 接合に光を当てると、光のエネルギーで電子と穴が新しく生まれる。境界の電界の壁がそれを引き離し、外側の電線に電流として送り出す。

フォトダイオード: 太陽電池と同じ原理だが、信号の検出用に使う。スマホのカメラに使われる イメージセンサー は、これを画素ぶん並べたもの。

ダイオード・LED・太陽電池・イメージセンサーは、ぜんぶ 同じ pn 接合 の応用。
作り方も、構造もほぼ同じ。違うのは「電流を流すか / 光を出すか / 光を受けるか」という使い方だけ。

第1章で「電子の流れを操る素材」と言ったが、もっと正確には 「電気と光をつなぐ素材」 でもあるのだ。

2.7 補足: ドーピングは「ナノレベルの仕込み」

実際の半導体工場では、ドーピングは イオン注入 (ion implantation) という工程で行う。 リンやホウ素の原子を高エネルギーで加速し、シリコンウェハーに「打ち込む」のだ。

つまり現代の半導体工場では、「どこに、何を、どれだけ、どの深さに打ち込むか」を nm 単位で設計している。 製造編(第10章)でもう一度この工程に戻ってくる。

2.8 この章の振り返り

この章で読めるようになるニュース

ここまでで「電気の門」までは作れた。
次章は、いよいよ世界を変えた発明 ── 電子のスイッチ、トランジスタ に踏み込む。