第2章: スループット会計 ── 「儲かる」を3つの数字で語り直す
あなたは経営会議に呼ばれた。
「製品P と 製品Q、 利益率はP が30%、Q が20%。 当然 P をたくさん作るべきだ。営業には P 重点で動いてもらう」
このロジックは1980年代の MBA でも、現代のスタートアップでも、なんとなく成り立っているように見える。 だがゴールドラットはこの種の判断を 正反対の答え にひっくり返してみせる。
製品Q を作るべきかもしれない。なぜなら、利益率は P より低くても、 ボトルネックを 1 単位食うあたりに稼ぐお金 で見ると Q の方が多いかもしれないからだ。
会計が現場の判断を狂わせる構造 ── それを腑に落とすのが第2章。
2.1 標準原価計算とは何か
まず敵の正体を知る。標準原価計算 は20世紀初頭から100年以上、世界の製造業の会計を支配してきた。
製品1個あたりの「原価」を、こう計算する:
製品単価原価 = 直接材料費
+ 直接労務費
+ 製造間接費の配賦(労務時間や機械時間で按分)
直接費は分かりやすい。ややこしいのは 製造間接費の配賦 だ。電気代・賃料・減価償却・管理者の給料 ── 製品に直接ひも付かない費用を、何らかの基準(労務時間など)で各製品に 割り振る。
定義: 配賦(はいふ)共通費用を、何らかの基準(労働時間、機械時間、生産個数など)で按分して各製品に割り当てること。 例: 工場全体の電気代1000万円を、各製品の機械稼働時間で割り振る。
問題は 配賦は本質的に恣意的 だということ。電気代をどう按分しても、それは経営判断のための道具にすぎない。だが、こうして算出された「単位原価」が 客観的な事実 のように扱われ、これを下げることが現場の至上命題になった。
2.2 標準原価計算が引き起こす3つの歪み
ゴールドラットが見抜いた具体的な歪みを 3 つ。
歪み 1: 「作れば作るほど儲かったように見える」
標準原価計算では、製造間接費は 生産個数で按分 されることが多い。すると同じ間接費を多くの製品で割るほど、1個あたりの原価が下がって見える。
これが「機械を止めるな」「ロットは大きく」という現場ルールの会計的根拠だ。売れない物を作っても、会計上は「コスト効率が改善した」と見える。
歪み 2: 「人件費は変動費ではない」のに変動費扱い
直接労務費は伝統的に「変動費」として扱われてきた。製品1個ごとに労働時間がかかるので、製品ごとに費用が変動するという論理だ。
だが現実には、製造業の労務費はほとんど 固定費 だ。生産個数が10%減ったからといって、正社員の給料を10%減らすことはできない。生産が止まっても給料は払う。
それなのに労務費を「製品1個あたりの変動費」のように扱うため、「労務費の節約 = 製品の単位原価が下がる」という幻 が生まれる。実態としてはお金は1円も節約されていない。
歪み 3: 配賦が製品ミックス判断を狂わせる
これが TOC の最も衝撃的な例だ。順を追って見る。
2.3 P&Q 問題 ── 利益率の高い方を作るべきか?
ゴールドラットの教材で有名な「P&Q 問題」を、本書版にアレンジして紹介する。
ある工場で2 製品 P, Q を作っている。共通する4 工程 A, B, C, D を順に通る。各工程の処理時間は次のとおり。
| 工程 | P で必要 | Q で必要 | 工程の利用可能時間 |
|---|---|---|---|
| A | 15分 | 10分 | 週 2400分 (= 40時間) |
| B | 15分 | 30分 | 週 2400分 |
| C | 15分 | 5分 | 週 2400分 |
| D | 15分 | 5分 | 週 2400分 |
販売価格・材料費は次のとおり:
| P | Q | |
|---|---|---|
| 販売価格 | 9000円 | 10000円 |
| 直接材料費 | 4500円 | 4000円 |
| スループット (= 売価 − 材料費) | 4500円 | 6000円 |
需要は、P が週 100 個、Q が週 50 個。 週の固定的な業務費用 OE は 60万円。
さて、利益を最大化するには、P と Q をそれぞれ何個ずつ作るべきか?
標準原価計算式の答え
伝統的な発想は「単位利益率の高い方から優先」だ。
- P の単位利益 = 4500円
- Q の単位利益 = 6000円
おっと、Q の方が単位スループットは大きい。ではQ を優先?
実は 多くの標準原価計算式 では労務費を製品ごとに配賦する。各工程の労務費を時間按分すると、
- P は 4 工程合計 60分 → 労務費が多く乗る
- Q は 4 工程合計 50分 → 労務費が少なく乗る
…という按分で「単位原価」を出すと、結局 P の方が「単位利益率」は高い、ということが起きうる(具体的数字は教材により多少違う)。当時の現場感覚としては「製造原価を下げる」「労務効率が良い」P を優先しろ、というのが標準的な指示になる。
ボトルネックを見つける
ここで TOC 的に思考する。各工程の 必要時間 を計算する。需要を全部満たそうとすると:
| 工程 | P (100個) | Q (50個) | 合計 | 利用可能 |
|---|---|---|---|---|
| A | 1500分 | 500分 | 2000分 | 2400 ✓ |
| B | 1500分 | 1500分 | 3000分 | 2400 ❌ |
| C | 1500分 | 250分 | 1750分 | 2400 ✓ |
| D | 1500分 | 250分 | 1750分 | 2400 ✓ |
B が 600分足りない。つまり B がボトルネックだ。需要全部は満たせない。何かを諦める必要がある。
ボトルネック1分あたりのスループット
ここで TOC の核心の指標が登場する。
スループット ÷ ボトルネック消費時間 で各製品をランキングする。 これが「ボトルネックを最も有効に使う製品」のランキング。
- P: 4500円 ÷ 15分 = 300円/分
- Q: 6000円 ÷ 30分 = 200円/分
P の方が、ボトルネック1分あたりのスループットが大きい。
つまり Q を1個作るのに 30分のB を使うが、その時間で P を2個作れて 9000円稼げる。Q なら 1個 6000円。だから B が制約のもとでは、P を優先する のが正解。
答えの計算
P を需要上限の 100 個作る → B を 100 × 15 = 1500分 使う。残り 900分で Q を作る → 900 ÷ 30 = 30個。
週の利益 = (100 × 4500 + 30 × 6000) − 600000 = 450000 + 180000 − 600000 = 30000円
もし「Q が単位スループット大」だからと Q から作っていたら ── Q 50個で B を 1500分使い、残り 900分で P を 60個。利益 = (60 × 4500 + 50 × 6000) − 600000 = 270000 + 300000 − 600000 = マイナス 30000円。
利益率もスループットも Q の方が高いのに、ボトルネック効率で見ると P が優位 で、製品ミックスの答えが正反対になる。
そしてどちらの製品を優先するかで、週次利益が黒字と赤字をまたぐ 。年間で 312 万円の差。
これは特殊な問題設定ではない。ほぼ全ての多品種工場で、似たような逆転 が起きうる。会計と現場が分離しているほど、この種の判断ミスは見えなくなる。
2.4 スループット会計のシンプルな全体像
TOC の会計は、徹底的にシンプルだ。
配賦が消えている
最大の特徴は 「配賦が一切ない」 こと。製造間接費を製品に按分しない。電気代も人件費も、全部 業務費用 OE に一括計上する。
これによって:
- 作っても売れないものは利益に貢献しない が、ストレートに見える
- どの製品を作るか の判断は「ボトルネック1単位あたりのスループット」で行う
- 在庫を増やしても利益は増えない(在庫は I に積まれるだけ)
標準原価計算 vs スループット会計
| 観点 | 標準原価計算 | スループット会計 |
|---|---|---|
| 単位原価の概念 | 中心 | 使わない |
| 配賦 | 不可欠 | 排除 |
| 在庫の扱い | 資産 | 「不要に大きい在庫はマイナス」 |
| 製品ミックス判断 | 単位利益率順 | ボトルネック効率順 |
| 「機械を止めない」 | 推奨 | 非ボトルネックでは無意味 |
| 労務費 | 製品変動費として配賦 | 固定費(OE) |
2.5 ABC(活動基準原価計算)との関係
会計の専門家なら「ABC(Activity-Based Costing, 活動基準原価計算)でも標準原価の問題は解決するのでは?」と思うかもしれない。
ABC は1980年代後半に登場した手法で、製造間接費を 活動(段取り、検査、出荷など)単位で正確に配賦 する。確かに「単位原価の精度」は標準原価計算より上がる。
だが TOC の立場から見ると、ABC は 問題の質を間違えている。
ABC は「配賦をもっと精緻にする」が、TOC は「配賦自体をやめる」。 TOC からすると、製品ごとの単位原価という概念そのものが意思決定をミスリードする。 だから精度を上げても役に立たない。
これはどちらが正しい / 間違っているという話ではなく、意思決定の場面で何を使うか の話だ。短期の意思決定(製品ミックス、設備投資、特注案件の受注可否)には スループット会計 の方が明らかに合う。長期の戦略・税務会計には別の枠組みが必要。
2.6 「特注案件は採算が合わない」というよくある誤解
スループット会計の力が際立つもう一つの例。
ある工場で、いつもの製品より大幅に安い見積もりの特注案件が舞い込む。販売価格は通常の半額。標準原価計算で計算すると「単位原価を下回るので赤字。受けるべきではない」と出る。
スループット会計で見直す:
- ボトルネックに 空き時間 があれば → スループットがプラスなら受けるべき(OE は変わらない)
- ボトルネックが 満杯 なら → 既存案件を蹴ってでもこちらを受けるべきかは、ボトルネック1分あたりのスループットで判断
これは現代の SaaS でも全く同じ構図がある。「この案件はマージン低いから断る」と言うが、 サーバー(ボトルネック)が空いている深夜・休日帯 なら、限界費用ほぼゼロで売上を立てられる。 TOC の眼鏡は、製造業以外でも効く。
2.7 「単位原価で判断するな」の現代的な弱点
ここまでスループット会計を推してきたが、フェアに弱点も書く。
| 弱点 | 内容 |
|---|---|
| 長期戦略には弱い | 設備投資、M&A、撤退判断には DCF(割引キャッシュフロー)の方が向く |
| 制度会計には使えない | 税務・財務報告は標準原価計算がベース |
| 制約が動くと結論が変わる | ボトルネックが移ると製品ミックスのランキングも変わる(だから再計算が要る) |
| 中長期の能力増強判断には別の指標 | 「ボトルネックを買い増す」判断には ROI と回収期間を併用 |
スループット会計は 短期〜中期の運用判断 に強い道具だ。これと制度会計を両方持つのが現代的な構え。
2.8 第2章の振り返り
- 標準原価計算は「単位原価」を中心に据え、間接費を配賦する。配賦は本質的に恣意的
- 配賦のせいで「作れば作るほど儲かる」「労務費を節約すれば原価が下がる」という幻が生まれる
- P&Q 問題のように、製品ミックスの最適解が標準原価式とスループット会計式で正反対 になることがある
- スループット会計は T − OE = 利益 という単純な式で、配賦を排除する
- 判断軸は ボトルネック1単位あたりのスループット
- ABC は配賦の精度を上げるが、TOC は配賦自体をやめる
- スループット会計は短期〜中期の運用判断に強く、長期戦略は別の道具を併用
この章で読めるようになるニュース
- 「製造原価を○%改善」── それが本当に企業の利益に効くか、3指標で疑える
- 「不採算案件の見直し」── 単位原価ベースの「不採算」が本当に不採算かを再評価できる
- 「在庫評価益で増益」── 標準原価計算の歪みによる「見かけの増益」を見抜ける
ここまでで、TOC が何を測り、何で判断するか が分かった。次の第3章では、TOC が立脚するもう一つの世界観 ── 依存事象と統計的ばらつき によって、なぜ工場には必ずボトルネックが生まれるのか、その物理学的な裏付けを見る。